イノシシ等目撃情報

こんな生活のどこがいいねなんだ

きらきらした目

京都に滞在していたとき、ゲストハウスのスタッフの人が連れて行ってくれたバーで出会った女の子の目がきらきらしていたことを覚えている。パティシエの彼と一緒に店に来ていた同い年のかわいい子だった。ハイソな同世代に囲まれてすっかり気後れしていた私のしょうもない自己紹介にも愛想良く相槌を打ってくれて、高校時代にもこういう所属するレイヤーが違う相手にも分け隔てなく接してくれる素直で優しい子たちがいたな、と思った。

彼女はアパレル関係の仕事をしていると言った。聞いたこともないブランドだったと思う。仕方がないので私も仕事を辞めてフラフラしていることを正直に話すと、すごい良いと思う!みたいなことを明るく言ってくれたような気がする。自分もそんな感じだった、とも。なんだかちょっと励まされる。今の仕事に就く前は何をしていたのか聞くと、ワーホリを使ってオーストラリアに半年住んでいたという。趣味がマリンスポーツで、3ヶ月働いて稼いだお金で残りの3ヶ月を野宿しながら海で遊んでいたとか。全然同じじゃなかった。

もう完全に心を砕かれてしまっていたが、銀行に勤めていたときのことも聞かれるままにちょっとだけ話した。彼女は興味があるといったふうに聞いてくれて、やっぱりその目はきらきらしていた。隣に座っていた私の連れのほうの彼が先に彼女にそう言ったから、誰の目にも分かるものなんだろう。比喩でもなんでもなく、本当にきらきらしていた。こんな人って実在するんだと思った。それは当然好きになってしまうなとも思った。自分はいつからこんな曇った目をしているんだろう。

彼女にあるものが自分には何もない。かわいさも素直さも明るさも前向きさも度胸も学も何もかも。誰も私を好きにはならない。何度か食事に誘ってくれた隣の人も、私の陰気さに興味を惹かれているだけなんだ。男の人にはそういうところがある。と思う。所詮怖いもの見たさにすぎないが、その好奇心を満たす怖ささえ提供できない。浅い人間の闇が深いわけがないのだから。

私がお手洗いから戻ると、彼女は席を立って他の客と話していた。外国人の男の人だった。帰り際、一言声をかけるものだろうかと思ったけれど、何度か振り返る間に彼女は一度も私に目を向けなかった。そんな些細なことはなかったことにして、インスタグラムの投稿よろしく「旅先での素敵な出会い」だとかいうフィルターで加工した思い出に貴重な経験に感謝とでもコメントしておくべきなんだということは分かる。でもできなかった。シンクの隅で異臭を放つ生ゴミみたいに時間が経つにつれて忘れられないその夜が腐っていく。